光と空

日々の生活の中で感じた事、出来事などを綴っていきます

8月に父が【鼠径ヘルニアの手術】を受けました。

こんにちはtakaです。

人生色々です、元気だったと思っていた親父にも病気の魔の手が襲ってきました。

記事にするなら月日が経って落ち着いてからにしようと思っていました、ようやく書こうという気持ちになったので、これまでの事を記したいと思います。

 

 

事の発端は今年3月末まで遡る

毎年3月の末になると町内で会議があります、我が家では親父が出席しており、今回もそうでした。

この話は後になって聞いたのですが、会議の時にどうもお腹が痛いと、でもトイレに行ったら治ったのでその時は普通に過ごせていたようです。

けど、今までに感じた事のない妙な痛みだったようです、まぁ気のせいかと本人は思っていたようでした。

ちなみに8年ほど前に親父は腸の手術をしています、年1回は血液検査、エコーやCT検査、2年に1回は胃カメラや大腸カメラなどの検査も受けてきており、ずっとこれまで問題はありませんでした。

4月13日に突然の激痛、すぐさま病院へ。

この日にちは忘れもしませんね、お昼も近づき、外で春の農作業の準備をしていた俺に「taka~昼飯だど~」と親父の声、なんかいつもより声に元気がないなと一瞬思ったけど。

そしてテーブルについて間もなく急に親父がお腹をさすりだし、顏がどんどん真っ青になっていく。

  • taka「父さんなした!?(どうした!?)、腹いでのが!?」
  • 親父「やんべなこの痛み、すぐ病院にちでげ!(連れていけ)」
  • taka「おいおい、救急車よばるべ!」
  • 親父「いいがらはえぐ(早く)ちでげ!」

と、こんな会話をし、本人は脂汗を掻き歩くのもままならなかったけど車に乗せてそばの病院へ。

もうね、腹痛だからと腹痛の薬を飲むなんてレベルじゃないくらいの痛がりようでした。

病院に着いてからも親父の体を抱えたまま歩き、受付へこうこうこうだと説明、すぐにドクターが駆けつけてくれました。

そのまま急患用の部屋に連れていかれしばし待つ。

これも後になって聞いた話ですが、親父も俺も救急車に乗った経験はあります。

とにかく救急車は早く病院に行かないとって、結構なスピードも出します。

今の救急車ってどうなんでしょうかね、当時乗った経験だととにかく振動がすごいです、普通の車みたいにサスペンションって付いていないのかと思うくらいの振動、こちとら具合悪くて運ばれているのにその振動がすごくてより具合が悪くなってしまう、親父はその経験から救急車は勘弁だと(ある意味トラウマ)言ってました。

なので今回もその経験からだったのでしょう、車で行こうと思ったのは。

あとどうも田舎の悪い部分なんだけど、救急車が来れば村人みんなが野次馬で見に来るのですよ、これが本当に嫌でね、情報がすぐに広まるし気も使うしで、こういった思いもあったみたい。

いやね普通だったらあまりの激痛にそんな事を考える余裕って出てこないと思うけど、やっぱり昔の人って肉体的にも精神的にも強いと言うかさ、俺も含め現代人など弱いからね、本当に頭が下がります。

病名、鼠径ヘルニア大網

鼠径ヘルニア」と名前はハイカラですがつまりは「脱腸」となります。

脱腸という言葉は昔も今もよく聞く言葉かと思います、ヘルニアの意味は「元の位置から脱出する」という意味、例えば椎間板ヘルニアという病気も骨と骨の間にあるクッションのようなものが飛び出し神経を圧迫して痛みが起きる病気。

脱腸もそうで、本来固定された位置にある腸がなんらかの理由で元の場所から外れてしまう事。

年齢とともにお腹の筋肉も弱くなってきます、そうなりますとお腹の中に空間が出来やすくなる、そこへ腸が落ちてしまう、そして締め付けられる、イメージとしては巾着袋のようなものだと思います、それで締め付けられるから痛みが起きる、これが脱腸の基本的な考えのようです。

話を戻し、その急患用の部屋に親父が入って大体20分位経ったと思いますが、親父の笑い声が、あれ?どうしたんだ?まさか治ったのか?と思いましたが、ドクターが出てきて色々説明してくれました。

  • ドクター「私が駆けつけたらどうも痛みが軽快したようで」
  • taka「えっ・・・どういう事でしょうか・・・」
  • ドクター「触診した結果、鼠径ヘルニアには違いはないようですが、挟まったものは腸ではない可能性があります、たぶん一時的にお腹の中の脂肪が垂れさがるなどして穴にはまりこんだのでしょう」
  • taka「はぁ・・・」
  • ドクター「すぐにCTを撮りますのでお時間大丈夫ですか?」
  • taka「はい・・・」

と、自分にはさっぱりわからん説明でしたが、こうなれば先生に従うしかありません。

そしてその数分後、親父が車椅子に座らされ出てきました。

  • 親父「いやぁ、あの痛みはまるで針で休みなく突かれているようだった、俺このまま逝くのかなんて思うたわ」
  • taka「俺もビビッたわ、8年前の手術の時だってそんな痛みがあっていったわけじゃないしな、さっきの親父の顏はマジやべがったど」

なんて些細な会話をしてCT検査、しばらくしてドクターに診断結果の説明で呼ばれました。

  • ドクター「お父さん、とても痛かったでしょう、運が良かったと言えばあれですが、幸いにも挟まったものは腸ではありませんでした、やはりお腹の中の脂肪が垂れ下がり、空間に挟まり一時的に締め付けられ痛みが起こったものと考えられます、これがもし腸ならば緊急に手術を行わなければなりませんでした」
  • 親父「確かに便意があるし、さっきも便をしたくなったのでトイレに行きましたが、便が出ました」
  • ドクター「それは良かったです、腸が挟まると腸閉塞(イレウス)となります、当然便も出なくなりますし、血液も腸へ流れなくなり腸が壊死してしまいます、早急に手術をしないと命にも関わります」

そういった説明を聞き俺と親父とある意味安堵し、これからの事についてドクターの説明が始まります。

まず鼠径ヘルニアとは足の付け根(鼠径部)に出来るヘルニア(脱腸)である事、ただ見出しにも書いたように病名は鼠径ヘルニア「大網」。

大網(だいもう)とはお腹の臓器周りにある脂肪の様なもの、その脂肪がなんらかの原因で出来た空間に垂れ下がってしまい挟まり込んでしまう事。

鼠径ヘルニアは老若男女問わず誰にでも起こる可能性のある病気であるが、高齢者に多い傾向にある事。

お腹に力の入るような仕事だったり、立ち仕事の多い方も鼠径ヘルニアになる可能性がある事。

など、ドクターから鼠径ヘルニアとはどんな病気かという話をされました。

俺も親父の患部を見ましたが見ればすぐに分かります、丁度足の付け根の上あたりがポッコリと膨らんでいます、もし普段は健康な人でも足の付け根あたりが膨らんできたら鼠径ヘルニアを疑った方がいいと思います。

まだ軽いうちはこの膨らみも押せば引っ込むようです、ですが押しても引っ込まないようでしたらすぐに病院へ。

いや、引っ込まない状態だと既に痛みがあるはずでしょう、へたすれば手遅れになるので、押して引っ込むうちの初期の段階で医師の診察を受けるのが大吉でしょう。

農作業も落ち着いてきて手術を決意

急きょ病院へ行き、鼠径ヘルニア大網と確定診断をされ、ならばこれからどうするのかとドクターと話し合いを始める。

  • ドクター「幸い腸でなかった為、このまま様子見という選択肢もあります、ですがまたこういう痛みが襲って来るとも限らない、最悪腸が挟まり込んでしまう事もあります、私としましては手術が一番の解決策と考えます」
  • 親父「そうしないといけないのはわかりますが、これから我が家は種まき、育苗、田植えと忙しい事がまだまだあります、息子にはもう全て任せておりますが、なんせ人手が足りない、俺がいないと・・・畑もありますし・・・」
  • ドクター「手術は特別難しいものではありません、入院期間も2泊3日くらいです、ですがお父さんは高齢なので長くても1週間あれば退院できますが・・・」

俺も手術は早ければ早い方が断然いいと思ったので、人に手伝ってもらって種まきや田植えをしようと考えましたが、親父は拒否していました。

そしてドクターと色々話しあった結果、もし痛くなった時に飲んでもらう様に痛み止めを処方してもらい、農作業期間の落ち着く頃まで様子見をする事にしました。

そして春の種まきから田植えも親父と一緒に順調に出来ました、5月が過ぎ、6月、7月、8月もお盆が過ぎ、それまで田んぼの方も親父と殺菌剤や殺虫剤を散布をする事が出来た事、痛み止めも運よく効いていたのか、親父も普通に仕事が出来ていた事、これまでの事を神様やご先祖様に感謝しました。

ですが、いつまでも痛み止めに頼っているわけにもいかない、来月は稲刈りが来る、稲刈りは田植えなどと違って一人でも出来ます。

そして8月16日は病院の診察日でもあったので、そこで手術をしようとドクターに告げたのでした。

鼠径ヘルニアは薬で治るものではありません「鼠径ヘルニアの根治には手術」しかありません。

手術が嫌となりこのまま生活を送りたいとなれば家の親父のように痛み止めであったり「ヘルニアバンド」と言って、お腹のポッコリがそれ以上出てこないように無理やりバンドで押さえつける方法もありますが、それはただの一時しのぎでしかありません、薬だってどの薬も副作用はありますが、痛み止めの薬というのは基本強い薬だったりします、体に良いわけがありません。

父に適用された術式、リヒテンシュタイン法修復術

8月16日、ドクターから改めて病気の内容、それに伴う術式の説明がありました。

リヒテンシュタイン法の他に、メッシュプラグ法、クーゲル法など現代のヘルニアへの術式は他にもあります、詳しくは「日本ヘルニア学会」で。

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これが実際の用紙です、この用紙でドクターから色々と説明がありました。

盲腸や脱腸の手術はあまりにもポピュラーで新人外科研修医が訓練の為によく行う手術らしく、特に難しいものではないと聞きます。

いやいや、そりゃお医者さんからすればそうかもしれませんがこちらは患者です、手術が楽しみだとか怖くないなんて患者さんはいないでしょう、簡単だとは言っても手術は手術ですから。

そして手術である以上、まぁそれに限らずどんな事でもそうですが100%などこの世に存在しません。

手術をするからには、それはごくまれだとしても何かしらの合併症が起きる可能性はあるわけです。

ご経験のある方はわかるかと思いますがお医者さんも神様ではないのでこういった保険的内容は必ず説明しますもんね、でも患者からすれば神様と思っているし、もう信頼してお任せするしかないですもん。

術式の内容を簡単に説明すれば、要はお腹の中の穴に腸や大網が落ちなければ良いのだからその穴に蓋をするという事になります。

昔の術式だとその穴の入り口を縫って繋ぎ合わせるという術式のようでした、ですがそれだと再発率も高いし、術後の痛みもかなりあったようです。

今は医学が進歩し、この穴を塞ぐ為に人工のメッシュシートを敷き、それを縫い合わせて蓋をするという事でした。

これですと再発率も殆どなく、術後の痛みも少なく、年齢的な事もありますが約2.3週間無理をしなければこれまで通りの生活が出来るとの事でした。

手術後の説明もされ、手術の次の日から食事も摂れるし、点滴も外され、早い人だと2泊もすれば退院出来るようです。

本当は内視鏡で行う手術もあり、そちらの方がもっと負担は少ないとの事でしたが、以前親父は手術経験があるので組織が癒着している為(一度でも手術でお腹を開いた人はみんなそう)開腹手術しか出来ないとの事。

でも何か悪い腫瘍だったり、臓器を取り出すわけではないので約5~7センチ程度の傷で済む事。

その他色んな説明を聞き、こちらも納得がいくまで先生に質問もしました。

手術の所要時間は約2時間くらいでした

手術の日が8月24日、その前日の23日に入院しました、そこで血液検査、心電図検査、レントゲン、手術に関する検査を一気にやりました。

そして24日当日、親父は術着に着替えお昼12時30分頃に手術室へ。

俺は手術室へ降りるエレベーターまでの見送りとなりました、看護師さんから手術が終わったら伺いますので病棟に居てくださいと言われました。

今回は全身麻酔、手術中に会話も出来る局所麻酔など、その選択肢もありましたが、それだと怖いので寝ている間に終わる一番安全な全身麻酔の選択。

俺はお昼という事もあり腹もへったので院内の食堂で食事です(笑)

で、大体午後14時30分頃に病棟にいたら看護師さんが「takaさん、お父さんの手術終わりましたよ~、今麻酔から覚ましている所なのでもうしばらくお待ちください、こちらに運ばれてきますから」と。

で、15分後くらいかな、親父が病棟に戻ってきました。

帰ってきた姿としては、口に酸素マスク、尿を排出しなければいけないので尿管が繋がれ、全身麻酔でもあって約1日寝たままなので両足首には血液が固まって血栓が出来ないようにする為のマッサージ機のような物も付けられ、とにかく色んな物が体に付けられている。

こちらとしては手術が終わった安心感と、見てて痛々しい親父の姿と、なんだかね涙が出てきてしまってね、でもちょこっと会話も出来ましたよ。

  • taka「父さん、大体父さんがオペ室に入ってから2時間位で終わったど、頑張ったな」
  • 親父「ん・・・んだが(そうか)、まんず(まず)寝る・・・・・・・・・・」

この会話だけでした。

その後、オペをしてくれた主治医が来て、落ちた脂肪を元の場所に戻し、メッシュを敷きました、明日には点滴もとれて食事も摂れるでしょうと。

俺はこのままここにいても役立たずなので、とりあえず家に帰りました。

最後に

そして次の日のお昼頃に様子を見に行ったらもう親父は起きてテレビを観てました(笑)

色んな菅も体から外され、残すものは点滴だけとなっていました。

「あ~腹減った~」と親父、しかし高齢なのにすごい回復力だな・・・。

看護師さんが来て、今日の夜からお食事が摂れますよ~と。

本当にご飯が大好きな親父ですから、それが一番の楽しみのようでした。

まだ傷口が痛むようでしたが、その都度看護師さんが痛み止めを点滴から流してくれてました。

結果的に4泊5日での退院となりました、家に帰ってきたら早速散歩に出かけていました。

今年の3月から退院日まで色んな事があったけど、稲刈りも親父とする事が出来たし感謝です。

今は勿論痛み止めの薬も飲んでいません、食欲なんて俺よりあるしなぁ(驚)

改めて思うのは普通に何事もなく生活が出来るというのはなんて有難い事なんだと思います。

こうやって家族がそばにいる、この事に感謝感謝であります。

今日はこれで終わります最後までお読み頂きありがとうございました、この記事が何かしらの参考になれば幸いです。

へばね~。

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