光と空

日々の生活の中で感じた事や出来事を綴っていきます。

今日はゆっくり休む事に、そして作業小屋の思い出。

タンクの水を取り替える

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まな板の上で野菜などを包丁で細かく切りたい時に「トントントンと言いながら切る」とうまく切れます。

こんにちはtakaです、雨降りの秋田県です。

今日は特に作業をしてません、何日か無理して動いたので腰も痛いし、急激に気温が下がったので体調もなんだかパッとしない。

まずは休む事にしてゆっくりしてました、休むのも仕事ですから(笑)

とは言えタンクの水だけは取り替えないと。

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この時のタンクは殺菌剤も入れていたので泥色でしたが、今度はこの水を抜いて、普通の水を入れます。

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殺菌剤入りの水に漬ける期間は二日間、そして水を取り替えてまた二日~三日おいて水を取り替えるの繰り返し。

タンクの水温も管理していないといけなくて積算温度で100℃が目安、まぁあくまで目安なんで必ずそうはいかないのですが。積算温度とはその日の朝昼晩の温度の平均を測ります、例えば朝昼晩とも7℃だったらその日の温度は7℃、100度になるとは大体15日間かかるという事、15日×7℃=105℃になるまでこの水管理をします。

なので毎日温度って違いますからその日の温度によって先々の工程が早くなったり遅くなったりする。

タンクの水を抜く理由は種もみも生きているので適度に呼吸をさせないといけません、つまり生命を保てるように。

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いずれ作業の流れで書きたいと思いますが、タンクに漬けている温度が100度を超えたら、育苗器というのを組んでその中で種もみを温め、赤丸くらいの芽を出します、専門用語で「ハト胸」状態にする。

これが上手くいってやっと種まきが出来るようになります、たぶん再来週になるかな。

⑥とか⑦まで伸ばしてしまうと、種まきの時に機械から種が落ちません(引っかかるから)。これは失敗になるので絶対に失敗はできません。

小屋の中で物思いにふけてました(笑)

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一人椅子に座りながら上を見たり周りを見たりボーっとしてました。

俺が子供の頃、親父と亡きおふくろが今の時期二人で作業してたっけ、二人してスコップで土合わせやってたなぁ。

こうやって物を置いてる配置だってそのまんまの配置、あえて俺も変えずにやっています。

作業道具だってあの頃のまんま、よく長持ちしているなと思ってます。

子供の頃とかってかまってほしくて、邪魔ばかりしていたね。学生や社会人になってからでも当時は農業なんて継ぐ気がなくて手伝いもせず毎日遊びほうけて。

おふくろがあらゆる病気になって命も助からないとわかった時に、親父一人では何も出来るはずがなく、俺が手伝うようになり、おふくろが亡くなり今は俺がやっている。

親が培ってきたもの、この小屋にはいっぱい思い出が詰まっている。

家にいると小屋にいる癖がついてしまっていて、なんでか引き寄せられるように必ず何回かは小屋にいる。

なんだかな、なんかたまらんのよ、うん・・・。

ちなみにこの画像の机みたいなもの、鉄で出来てます。

これは家の姉貴が学生の時に使っていたもの、今の机は木だったりするけど、鉄のこのようなタイプもあったのか(笑)だから移動するにしたってかなり重いのです。

ただの物を置くだけの机だけどこれだってあの時のまんま、何気にこの机もなきゃ困るのです(笑)

麦わら帽子も上がっているな、もうほこりかぶっているけど、まだ数年前は親父もバリバリ元気で田んぼの草刈りなんかする時にかぶってた。

麦わら帽子っていいですよ、ほんと日よけになるので。

最後に

今日は休肝日にして早く寝るべな、明日は床土用に機械を準備したり、ちょこちょこ作業をしたいと思います。

しかし改めてこの気温差は体にこたえますね、種の管理も大事だが自分の体調もきちんと管理しないといけないですね。

今日はこれにて、へば~。

 

人の香り(匂い)について。

若かりし頃に買った香水

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ポテチなら「コンソメパンチ」が一番好きです、おはようございますtakaです。

若い時はどっかカッコつけたかったのもあるけど、香水も買ったものでした。

でも結局殆どつける事がなかったので、全然減ってません(笑)

あれから何十年も経ったけど、今となっては自然な香りが一番好きだったりします。

匂いってきつすぎるのはご勘弁ですが、適度な匂いならその人から発せられる香りプラスアルファで素敵に思えたりします。

女性の「これ以上近づかないで!」は匂いが無理だからという説

テレビドラマでも見る事があるし、実際リアルでもあるのかもしれません。

こればっかりは女性に聞くしかないのですが、本当にその人がもう嫌で「近づかないで!」というのもあるのかもしれませんが、もう無意識にその人の香り(匂い)が無理で「近づかないで!」というのもあると、うろ覚えですがテレビで見た記憶があります。

実際どうだと姉貴に聞いた所、「めちゃわかる~」なんて言ってました。

合点がいく所もありますね、別に女性じゃくても男の俺からしたってこう言えば申し訳ないけど街中で男女問わずすれ違った時とか、ん?・・・って思う事もあります。

逆にいい香りだなと思う時もある、たぶん男性より女性の方が匂いに敏感だったりしますよね、だから見出し通りならなるほどな思ったりします。

自分の匂いって分からなかったするじゃないですか、でも第三者にはものすごく伝わっていたりする。

人間も動物ですから匂いがあるのは当たり前

これって必要以上に気にしちゃ駄目です、それでナーバスになってもね。

まぁでも気にされたりする人もいるし、例えばワキの匂いが気になるのなら専用のスプレーも売っているし、もしかすれば美容外科などでワキの匂いの元である「アポクリン腺」の除去手術を受ける方もいるでしょう。

口臭だったら歯や歯茎が原因だったりもしますが、中には内臓に何かしらの疾患があっての原因だったりします。

いずれにしても人間は動物なのでそれぞれにその人なりの匂いがあります、そう割りきった方がいいとも思えます。

最後に

匂いって不思議ですよね、おいしい食べ物の匂いがしたらよだれも出て食べたくなるし、人に対しても安心する香りとか、魅力的に思える匂いだったりがあります。

俺は匂いフェチとかではありませんが、やっぱり我が家の香りが一番好きだったりします。長年住んでて、先祖から自分の代に至るまで、ずっと染みついてきたその家だけの匂い、だから家に帰れば安心します。

上記に自然な香りが好きって書いたけど、異性に対してならお風呂の香りっていうか、シャンプーの香りが一番好きですね、男って結構そうだと思います。

別に香水とか付けてくれなくてもね、ほんと自然な香りが落ち着くというか。

あとね「恋は惚れたもん負け」ですよね(笑)好きな人の匂いって安心するってのもありますね、本当は別にそうじゃない人からしたら嫌な香りだったとしても、人によってその人の匂いがすごくいいなんて事もある、匂いって求めている部分もあったりするので、こればっかりは人それぞれです。

俺は仲間からも人生で付き合った女性からも匂いについて何も言われた事はなかったな。いや、逆に気を使ってくれていたのだろうか、まぁわからんけど。

そろそろ俺も、もうとっくにか、加齢臭の事も気にしなければか・・・(苦笑)

今日は朝からちょっと変わったテーマでブログを書いてみました。

へばまた後で~。

 

自分と似た人。

類は友を呼ぶ

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そうですなぁほんとそうで、なんかお近づきになりたいんですね、それは男女問わずです。

自分と考えが同じ人、共通の趣味でもいいですし、似た思考を持っている人。

いたとしたらもうどっかで無意識に選んでしまっているんだと思います。

気づけばそれが友達であったり、親友であったり、そういった形で出会った仲間がいたりする。

でもなかなかそういった人達と出会えないのもまた事実、人間みんな違いますから。

これがパートナーだったらお互い惹かれあったりしますでしょ、いいですよねこういった形の出会いというのも。

人って自分と似た人を求めますよね、だからそれと相反する人とは上手くいかない。

会社組織って、合う人もいれば自分と合わない人も必ずいます。

その合わない人とは上手くいかない、だから大変なんです組織の中にいるのは。

ある芸能人がこういった事を言っていたのを思い出しました。

「サラリーマンって大変やな、だって毎日同じ人と顔を合わせなくちゃいけないんやろ?俺らっていつもその場限りの出会いやったりするからいつも同じじゃない。現場も違うし、もし一緒にいたってワンクール(3ヶ月)やし。俺やったら耐えられへんわ、ずっと同じ人と顏を合わせるなんて・・・」と。

うん・・・ほんとそうなのよ。

会社や学校に行っていれば嫌な人がいたとするとその人と毎日会わないといけない、考えてみればこんな地獄はないです。

仕事内容はいくらきつかってもいい、でも仕事で何が一番きついかってそれは「人間関係」です。

避けては通れないよね、人と人が関わるって事、それは何でも自分と合う人ばかりでないのだから、そうやって都合よく自分と合う仲間だけで上手く事が運べばいいけど、そうでないッスから。

以心伝心

不思議なもんでね、自分が思っている事をわかっているのかと。

俺がこう思っているってのが伝わっていて、会話で同じような回答があったりする。

これだよなぁ、神様によって自分に近づけさせてくれた人か。

周りにいません?家族でもいい、恋人でもいい、友達でもいい、自分がこう思っている時、自分の言葉を代弁してくれるような人。

同じ気持ち、同じ思い。

こちらの思いが伝わっているってすごいなぁって。

宝物すぎる、でもいるんだ、家族とそして俺だったら親友だったりする。

最後に。

話は飛びますが(いつも飛んでますが)、俺ってブログを書く時ってブログタイトルはいつも最後になります、だからブログタイトルって殆ど適当だったりする。

皆さんはどうなんでしょう、予めタイトルが決まっていてそれに沿って書いていくのかそれとも俺のように記事を書いて最後にタイトルを付けるのか。

SEO的にはブログタイトルって一番大事だったりするんですけどね(汗)

とにかくその日の事、ふと思って書きたくなった事を、こうやって記事としてベラベラ書いてしまいます。

ある時は神が舞い降りたように言葉が尽きないほど出てくる事もある。反面、全く言葉が出てこず、気力も湧かずブログがおろそかになる事もある(最近この傾向w)。けどこれでいいのかもしれないとも思っている。

今こうやって書いた、類は友を呼ぶと、以心伝心、これもふと思いついて書きたくなったから書いた。

まぁあれか、O型なりの気分屋って事もあるのかもしれないが(笑)

ブログに何か記すって、その日の感情が大きく左右されますね。

毎日違いますから人の気持ちは、1秒後には心って変わっていたりするし。

けど何かを書くって面白いです、その何かを書いた人様のブログを読むのも面白い。

類は友を呼ぶ、例えばこのはてなブログでも知らないだけでかなりの数の人が登録していて、いいなと思う記事を書いている人がいたらスターを付けていたり、相手様にコメントを書いていたりする。

願わくばそんな人達ともっと色んな会話もしてみたいと思うし、これまで読者登録をしてくださった方のブログは全て見てます、なんかね、なんかいんすよね(笑)どこか似た者同士かと勝手に思っていますが。

どんな形であれ出会いって宝ですね、ブログだったらこれからも色んな人の記事を見て吸収出来る事は吸収させて頂きたいなと思っております。

天気が続いていいですね、桜の開花もあちこちで始まっているようです。

こちら秋田県も平年より開花が早まりそうなんて言われています、春はいい季節ですな♪

今日はこれにて、へばまた~。

 

ブログって成長させてもらってるんだなぁ。

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こんにちは。

こちらは雨降りですが逆に助かります、雪を解かしてくれるので(^^)/

昨年の10月18日に開設したブログ、もう5ヶ月を過ぎました。

開設した翌月である11月7日にアドセンスを設置、日記ブログはアドセンスって通らないなんて書かれているサイトもありますが、そんな事はないとこのブログで証明できてます。

完全に日記ブログですから俺のは(笑)でもブログの概念って元々は日記なんですよね、その人は世界に一人しかいなくて、その人だけの日常、普段だったら知りえないその人の事を知る事が出来る、こんなに面白い事はないと思っています、人と会話する方法がリアルだけでなくネットというものがあるおかげで、こうやってネット上で会話も出来る、ありがたい時代だなぁと改めて思います。

勿論、専門的に何か日常の事であったり、生活に役立つ知識などをご紹介されている方もいる。

とても尊敬しています、見ててなるほどなと感心する事ばかりです、いやほんとすごいなと。

俺は特別何かあるってわけじゃないからなぁ、基本マイペース人間でうさぎと亀なら亀タイプだし、これまでものんびり過ごしてきたようなもんだし。

ゆういつ何かあるとしたら米作りの事くらいか、あとは取柄なんてないな。

そっか、5ヶ月なぁ・・・まだ5ヶ月だけど過ぎてみればあっという間ですな。

毎日書いてきたわけじゃないけど、ちょっとアドセンスの事を考えてみようかな。

あれ?確か「アドセンスの最低支払額は8000円」からでしたよね?なんて高い牙城だ(泣)

自分のブログに広告を表示させてもらっているという事は、自分のブログのスポンサーになってくれているという事です。

アドセンスに貢献するという事は、やっぱりそれなりのクオリティのものを書いていかないといけない、ほんとはね。

まぁでもそんな考えなど毛頭ないんでな、そういうのに縛られたんでは書きたい事も書けなくなってしまうので。

勿論ある程度は意識するけど、これからもこのスタンスでいきます。

なんでもそうですが「続けていく事が大事」だと思っています、その時は成果が出なくても続けていけば必ず成果って出るものだと思っています。

アドセンスもそう、収益としてはありがたい事に増えてきています、見て頂いてありがとうございます、感謝しかありません。

よくブログで収益を公開されている方もいます、当然ダイレクトな金額ではなくこういう目安でというかんじでね、俺も機会があればそんな記事も書こうかなと思っています。

ちなみにアドセンスではダイレクトな収益の公開は禁止されています。

そしてブログを続けてきた結果、ありがたい事に読者さんも出来て、これもブログを続けようというモチベーションにもなっています。

ブログって書いている時は基本孤独だったりします、書くのは自分ですが、書いていて何の音沙汰もなければ結構寂しいものです、特にブログを開設して書き始めた頃ってどんな人もそんな感情になると思います。

で、月日が経ってくると次第に自分のブログが人の目にも留まるようになってくる、はてなブログだったらスターを付けてくださったり、なによりもありがたいコメントをくださる方も出てくる。

こうやって人に自分のブログを見られるからこそ、自分のブログが成長でき、成長させてもらっているんですよね。

もっとわかりやすく書くにはどうすればいいかとか、じゃデザインはどんな風がいいかとか、難しくなくて人様に簡単に理解してもらうにはどうしたらいいかとか。

見られる事によってそこで課題が出来て、ならもっと良くしようって思う事が出来る。

それでも自分は課題を上げれば直さなくちゃいけない所なんて数知れずですが、時間があるかぎり、ブログもリライトできる所はリライトしたり、そんな事もやっていきたいなと思います。

今日はこれにて、へばまたね~。

 

あの日を忘れない【東日本大震災】から7年。

3・11当時の秋田県

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※画像は岩手県宮古市田老町にある「たろう観光ホテル」、約17メートルの高さまで来たという津波により、四階まで浸水、二階までは柱を残して完全に流出した。平成26年に宮古市が震災遺構として取得、保存が決定された。

7年前の今日、まだ寒く小雪が舞う中、春作業に向け雪を崩したりと除雪作業をしていた。

少し休憩するか、家に入りゆっくりしていた。

家族とそれでも春近しだな、なんてたわいもない会話をしていた時に、携帯から聞いた事もないような警報アラームが鳴った。

まさかな・・・と思った瞬間に地震が起きた。

次第に強くなっていく揺れ、自分の人生で経験した揺れ以上になっていき、これは大変だと家族ともども外に逃げ出した。

許容を超える揺れ、これまでブログにアップしてきた作業小屋、そして家が恐ろしいほど横に揺れる、こんな光景は生まれて初めて見た私は家族を抱きしめ「もう止まってくれー!!!」と叫びながら家や小屋が倒壊するかもしれないと覚悟した。

地震だと長くて数秒~数十秒で納まるという概念だった私、それを覆された。

2~3分だろうか、この時間がこれほど長く感じるとは。

色んな事を覚悟したがその揺れも納まり、家族と涙した時間は今も忘れない。

後から分かった結果だが秋田県は震度5強、これがもし震度6以上であったら小屋や家は完全に倒壊しただろう。

深呼吸をし気持ちを落ち着かせる、そして間もなく電気が止まった。

これは水道も止まるだろう、そう察知した私は備えていたポリ缶に水がまだ出ているうちに溜める事にした。

地震から約30分後に水道も止まる、そして情報を得るにもテレビは当然つかない。

ラジオを出し、電池を交換し、いざ付けてみたらけたたましい程の実況。

「震源地は宮城県沖、大津波警報」。

先ほどの地震でとても憔悴しきっていたが、とにかく凄まじい事が起きたと実感する。

いつまで停電が続くかわからない、食事とこれからの事をなんとかしなければと、一旦ラジオを消して生活の段取りをした。

幸いにもガスは使えたので、ごはんを鍋で炊いたり味噌汁を作ったり、冷蔵庫にあるおかずなどでその日の食事はなんとかなった。

こうなれば農家で良かったと思う、米はあるし野菜もストックしていた、缶詰も沢山あったし火も使えるので、食はなんとかなる。

ただし寒い、エアコンやファンヒーターは使えない、石油ストーブを出し暖をとる。夜はろうそくの灯りだけを頼りにした。

停電は約1日半で解消した、水道も最初は錆色の水だったが時間とともに透明に変わっていった。

電気とは水道とは勿論ガスも、これらを使えない事がいかに大変な事か、いかに人間は物に頼って生きているのか思い知った瞬間だった、特に電気が付いた時の嬉しさったらなかった。

震災の映像を見た時に震えが止まらなかった

最大震度7、マグニチュード9.0、日本では過去最大の巨大地震。

ラジオでは凄まじい事が起きているのは聞いていても、やはり映像で見ないとわからない。

そしてテレビを付けたら、そこに映し出されたものはこの世のものとは思えない光景、見た瞬間そのまま膝から崩れ落ちた。

主に東北から関東の太平洋側、津波の破壊力は想像ではこれほどと思っていても、あまりに想像を絶する威力、特に岩手、宮城、福島の映像を見た時に涙しか出なかった。

なんなんだこれは・・・なんなんだよこれは!!!

俺が経験したその時の地震の恐怖や生活などたかが知れていたのだ、大津波により完全に壊滅した同じ東北の太平洋側の地域の方々の気持ちを考えたら情けなくなった。

どれほど怖かっただろう、どれほど泣き叫んだだろう、これは現実か?夢なら覚めてくれ、目の前に映っているのはどれほどの地獄絵図だっただろうか。

津波は全てをのみこんだ、その地域、そこに根付きずっと暮らしてきた家、その中にある沢山の思い出、そして大切な人。

どこまでも広がる被害、津波による火災、関東では地盤沈下や液状化現象、そして起きてほしくはなかった最悪の原発事故。

原発事故により強制的に住む所を離れさせられる、環境が変わる、これほど莫大なストレスはない。

もともと病気をお持ちの方であるとか、環境が変わった事によりそのストレスでの震災関連死も相次いだ。

別に好きで避難してきたのではないのに被災者でもある生徒は学校で「原発菌近寄るな」などといじめにあったとも聞く。

人間ってなんなのか、人の苦しみや傷みもわからないのか。

あれからもう7年、まだ7年と言うべきか

阪神淡路大震災もそうだが、決して風化をさせてはならない。

大人の責任として、後世にこういった事が起きたと伝えていかなくてはならない。

でも悲しいかな人間は時が経つと忘れていってしまう、日本壊滅と言ってもおかしくはないほどの事が起きたのにも関わらず。

だがこういった事だけは忘れてはならないと、自分は肝に銘じておきたい。

東北人は我慢強い、俺の勝手なイメージだが。それでもあの頃のような風景に戻したいと、あの頃と同じような生活がしたいと少しずつ復興し、そしてこんな目に合ってもその地域にいたいと、前よりもっといい町にしたいと前向きに頑張って生活を再建されている方がいる、ただただ頭が下がるばかりです。

震災で亡くなられた方、なんでこんな形で旅立たねばならないのかと思っているでしょう。

もっと生きたかった、もっと大切な人と一緒にいたかった、そう考える間もなくの事だったと思います。

こうやって書いててなんだかもうな、たまんねぇんだわ、たまんねぇんだよほんとな。

  • 震災により亡くなられた方/1万5895人
  • 行方不明者/2539人
  • 今もなお避難生活をされてる方/約7万3千人
  • 震災関連死/3647人

最後に

 

私達も祈ります、御霊よどうか安らかに

 

そしてもっと早く復興が加速し被災された方々が少しでも幸せな生活をおくれますように

 

おかしいな

 

まだこんなにいっぱい雪が残っているのにさ

 

花粉には早いよねこちらの地域

 

さっきから涙と鼻水が止まらなくて

 

平成30年3月11日、午後2時46分

 

黙とう

 

【ありがとう】の言葉。

路頭に迷っていた時に出会った本でした。

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こんにちは。

昨晩押入れの整理をしていたら、このような本が出てきました。

佐藤富雄「ありがとう」は魔法の言葉。

なんだか懐かしかったです、これは著者が2007年に書かれたものでした。

もうはっきりと覚えていないけど、たぶんそのあたりに買ったんだろう、今から11年前と言えば30代の自分でしたが、ほんと路頭に迷っていた時だったと記憶している。

仕事も人間関係も家族での事も、ここまでおかしい事があるかと思うくらいの時で、あんまり使いたくない言葉であるが不幸の連鎖というか、そんな時代でした。

そういうおかしい生活の中で何気なく本屋に行ったんだと思う、そしてそのまま買ってしまったんだろうな、著者の事なんて全然知らない人でしたし、この本を買ってこのような人がいたんだと気づいたくらいなので。

人間迷っている時ほどこのように慰められるようなものにすがりたくなるし、逆に迷っている時ほど危なくもありますよね、おかしい道に行ってしまう事、おかしい事をしてしまう事だってある。

当時の事を思い出せばこの本を読んだ時に希望が湧いたというか、心救われた気持ちにもなったし前向きにもなれた、そして科学的な理屈としてなるほどなと思う事もあった。

あの時は辛かったけど(今も勿論色々あって大変だけど)、毎日充実してるっちゃ充実してます。

言葉は言霊なんだろう。

言葉には霊力があると。

なんだかオカルト的に感じてしまうが、あながち嘘でもないと思います。

霊的なもの、そういうのを全く信じないかと聞かれれば、全くというわけでもないです。

自分は仏教徒でもあるし、毎朝毎夕神棚と仏壇には手を合わせるし、これからだとお彼岸だったりお盆だったり、きちんとお墓参りにも行きます。

今の生活、今目の前に映し出されている現実というのはずっと発してきた言葉「言霊」通りの生活をしている、そう言われれば合点がいく所もあります。

言霊ってのは簡単に言えばその発した言葉が現実になると。

大変だと言えば大変な事が起こり、不幸だと言えば不幸な事が起こり、辛い悲しいとか愚痴とか、その発した通りの事が起きてしまうと。

ならば理屈としては簡単で「ありがとう」と言えばありがたい事が起きるわけです。

嬉しいと言えば嬉しい事、楽しいと言えば楽しい事、幸せだと言えば幸せと思える事、つまりこういう事ですね(^^)/

よく将来は〇〇になりたいと子供とか言いますけど、その夢を持ってずっと言葉として発していればその通りの職業に就いていたとか、本人は無意識だったとしても言葉通りの現実になったとするならばそれは「言霊」の力だったとも言えます。

でもさ、これって難しいですよね大変な時の方が人生って多いものだけど、そういう状況の時に「ありがとう」を含めた感謝の言葉を発するとか中々できるものではないです。

どうしても言葉として不安な事とか愚痴とか、人間出てしまいますよ。

この本を読んだ当時、それは悟りを開いた人の思考だろ?と疑ってかかったんですが、ほんとその時は現実が辛かったけどダマされたと思って感謝の言葉「ありがとう、感謝します、嬉しい、楽しい、幸せです」とか言っていたと思います。

意識的にね、とても無意識では言える状態ではないから、あくまで意識的に。

そうしたらなんか良くなったんですね、理屈は分からないよ、分からないんだけども、上手く事が運んだと記憶してます。

それはこの言霊のせいなのかわからないにしても、何かに助けられたんだと思います。

本当は「ありがとう」に囲まれているんですよね。

感謝の対象は沢山あります、例えば。

  • 雨風をしのげる家がある。
  • 毎度3度の食事がとれる。
  • 電気やガス、水道が使える。
  • 家族や恋人など素敵な人がそばにいる。
  • 仕事がある事もそう。
  • 趣味がある、その趣味で仲間が出来る。
  • ネットがある、そのネットでも仲間が出来る。
  • 頑張って稼いで好きなものが買える、おいしい食事が食べられる。
  • 朝パッと目が覚めた時、あっ今日も生きれるんだなと思う。
  • 健康な体がある。

 

書けばまだまだあるけど、こんな風にね。

人間欲張りだから、一つの欲が叶うともっと上ってなるんです。

そうすると有る事が当たり前になって、それまで幸せなはずだった事を忘れてしまうんです。

勿論欲って生きる上での原動力にもなるし、欲があるから頑張れるとも言えますが、上を見たらキリがないのよ。

それこそ身の丈を超える欲を持つと破滅に向かいます(経験談)。

なので些細な事であっても、その事にも感謝をする気持ちが大事なんですもんね。

ありがとうって言葉は本当に言った人も言われた人も幸せな気持ちになれる言葉なんだと思います。

 

「ありがとう」は魔法の言葉―ツキを呼び運命を開く

「ありがとう」は魔法の言葉―ツキを呼び運命を開く

 

 

最後に。

著者が10年以上前に書いたものになるけど、それでもきっちりと内容を書けばネタバレになるので俺なりにこの本を改めて読んでみての感想を書いてみました。

感謝の対象は沢山ある、「ありがとう」というシンプルである言葉でもそれで言った人も言われた人も幸せな気持ちになる。

そのありがとうの言葉が良い循環を生み、幸せな生活をおくる事も出来る。

感謝をされて悪い気がする人はいないです、だからどんどん「ありがとう」と言える(思える)生活が出来たら幸せです。

ありがとうって中々恥ずかしくて言えない事もあるけど、あえて言葉に出す事で良い事が起きるとも言えますね。

上記にも書いたけど神棚仏壇を拝む時もそれぞれ「今日も無事に過ごせました、ありがとうございます」と、この「ありがとうございます」を言うようにしてます。

拝むのは小さい頃からやらされていたので当たり前の事でしたが、ある時まではただ手を合わせていただけですけど、言葉に出すようになったのはこの本に出会ってからですね、それからは毎日何があってもそうしています、勿論人様に何かをされた時でもね。

ありがとうを言わないよりも言えた方がいいじゃないですか、別にこういう本を買わなくたって感謝の気持ちを持てればね♪

押入れも色々漁ってみるものですな(笑)、忘れていたものが出てきたりします。懐かしさに浸る気持ち、これって心を軽やかにもするんですね。

さて、これから飯食って風呂入って、く〇して寝るべ。

へばな~。

 

今冬を振り返る。

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こんにちは。

雪国のこちらでも、春の足音が近づいてきたかな?と肌で感じるようになってきました。

それでもまだ2月ですけど、ここまできたら峠も越え、降ったとしても小雪で済むと思っています。

昨年からこれまでを色々と振り返ってみたいと思います。

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昨年の11月6日か、稲刈りはとうに終わっていて、片付け等の雑仕事をしていた時でした。

ゴミ運びとして産廃処理場へ、その帰りに木々の葉っぱも色づき始め、記念にパシャリした日でした。

秋晴れでポカポカしていた時、この時はまさか来年の1月と2月に雪でこんなに苦しむなんて夢にも思わなかったでしょう。

この記事を書いた時がブログを開設して19日目となってました、そしてこの次の日の7日にグーグルアドセンスの審査通過のメールが届く事になったんですよね、嬉しかったなぁ。

あとこのあたりにもう一つ思い出すのはこんなたかだか日記ブログでも、初めての読者さんがついてくれた事。

www.yu-hanami.com

花水さん改めてありがとうございます。

まだブログを開始して間もなく誰の目にも止まらないこのブログなのに、それを掘りおこしてくれた事には感謝しています。

だからこそ自分にとっても忘れる事のできない事でした、それからも日々ブログを覗かせて頂いております。

花水さんのブログは大変詳しく書籍の紹介等をされており、その他にも様々なジャンルの記事を書かれております、花水さんのブログを御存知の方もいらっしゃると思いますが、生活していくうえで為になる事も沢山書かれておりますので是非ブログを拝見されてみて下さい。

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11月19日、秋田での初雪。

11月に初雪が降るのは珍しくもないのでこんなもんか程度の感覚。

我が家の柿の木にも柿が残っていたのかぁ、それにしても記事の書き方がまだまだ雑ですな、まぁ今もそうなんですけどね(汗)

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11月28日、あれ・・・11月なのに結構積もっていたのか・・・。

もう覚えてないんですが、この月でこんなに積もるなんてあったっけかと、その時は思っていたかもしれません。

でも全然心にも余裕があり普通に生活していた頃だと思います。

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それから1ヶ月後、お正月が来る前。

もう始まっていたのか雪地獄が・・・でもこれは序章にすぎなかった。

なんとか大晦日、お正月だけでもお天気であってくれと願っていた時期。

無事に三が日までは平穏に暮らしていました。

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今冬初の雪下ろし、昨年のこの頃にも1回目の雪下ろしをしていたのでまず違和感なくやっていたと思います。

まだ小屋の軒下にも雪が溜まらず余裕がありましたな。

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今年に入り、身も心もボロボロになった時。

この時ほどこの県から脱出したいと思った日はなかったです。

どこまでもどこまでも降り続く雪、だが大好きな「うずまきナルト」先生の精神論である「諦めないド根性」で乗り切りました(笑)

このあたりだったでしょうか関東地方にも大雪が降ったのは、とてもご苦労されたと思います。

最後になりますが、こうやってブログを書いていてとても良かったと思います。

雪に対しての記事を書けば、それに対しお声をかけて下さった方もいて、この気持ちの温かさに心救われてきたのもまた事実です、ほんと助けられました。

そしてこの2月もあと4日で終る、もう少しですね(^^)/

へばまだな~。

 

【雪見だいふく】を食べての懐かしい思い出。

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こんにちは。

コンビニで久しぶりに「雪見だいふく」を買ってみた。

久しぶりと言ったって、もう30年以上ぶりか、小学生以来です(笑)

大人になるにつれ、あんまりアイスとか甘い物って食べなくなってきたけど、なんだかこれが目に止まってしまって。

冬はこたつにみかんではく、こたつでアイスもいいものですね。

食べてみたけどうまい!こんなにうまかったかと。

そういえば今ごろの時期、当時小学生の頃は家に友達が沢山遊びにきていました。

生徒数も多かったんですよね、ほんと近所でも先輩とか同い年だって何十人っていたものでした。

家に来る目的って当時ファミコンもあったし、まぁそれ目当てなもんだったでしょうけど、長時間ファミコンで遊んでいると親に外で遊んでこい!なんて言われて俺と友達ともども怒られてね(笑)

今の時代ってどうです?親じゃない全然他人が、例えば友達の親でも何かしでかせば親代わりに叱ってくれたもんです。

しでかすって言ったって子供のする事なんていたずら程度のたかが知れてる事ですけどね。

親にも頭を叩かれ近所のおじいちゃんとかにも叩かれ、なんかそれで色んな事を教えられてきたんだなって思います、気持ち的に鍛えられもしたんですかね。

今そういう事をしようものならすぐに通報でしょうか?家の子供になんて事を!なんてすぐ話題になっちゃうでしょうね・・・。

さて外では、それこそ雪合戦とか、かくれんぼとか、結局ファミコンよりも外で遊んで汗を流している時間の方が多かったと思います。

そしてそばには駄菓子屋さんがあって、よっちゃんイカとか、そうだなあの頃はビックリマンチョコなんて流行ってました(俺のように40代だとわかる方もいると思いますが)。そのチョコを食べるのが目的じゃなく中に入っているシールが目的だったという(笑)ビックリマンチョコ当時は30円だったかな、あれ?50円だったか。

ついでにこのように雪見だいふくとかアイスも買ったりして。いっぱい外で遊んで汗を流して駄菓子屋さんでお菓子とかアイスとか買ってみんなで食べる、懐かしい思い出です。

この雪見だいふく100円だったと思うのね当時、でも今日買ってレシート見たら140円なのね、そっかぁ知らぬ間に値上がりしてたんだね、でも味はあの頃のまんまなんですね。

いいなぁ時代も人もなんでも変わろうとするけど、変わらないものがあってもいいじゃんね、こういうのって大切だと思うんだ。

小学生の頃なんていっぱいお手伝いして、やっとお駄賃として100円をもらっていた、その100円がすごく有難くて。

その駄菓子屋さんのお母さんもだいぶ前に店を閉じて、今は介護施設に入っている。

スーパーやデパートってものが出来てきて、そのうちコンビニなんて出来てきて、駄菓子屋さんなんてもう消えつつあるけどこれも時代の流れか、しょうがないけど寂しいものですね。

改めてあの頃の変わらない味の雪見だいふく、とてもおいしく嬉しくもなりました。

ではまた~。

 


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